目を覚ましたルルーシュは、ようやく会うことの出来た最愛の妹の姿を目にし幸せそうに顔を綻ばせ、その体を抱きしめた。ナナリーは「お兄様、お兄様」と、涙を流しながら抱きしめ返し、そんな姿にシャーリーとリヴァルは思わず涙ぐんだ。
皇族と聞いただけで、二人は別世界の存在なのだと錯覚してしまったが、目に映るのはいつも見ていたシスコンとブラコンな兄妹だった。
「ルルーシュ様、今後の事を簡単にですが、お話しいたしました」
「・・・そうか」
それだけで、ナナリーが泣いた理由を悟ったルルーシュは、「ナナリー、愛している」と言いながらその髪を梳いた。
「お兄様、私も皇室に戻ります」
泣きながら訴えるナナリーの言葉を、ルルーシュは拒絶した。
「すまないナナリー、それは出来ない。お前だけは安全な場所にいてくれ」
「お兄様のいる場所が、私のいる場所です」
「俺も、お前と共にいたいよ。だが、お前の生存が知られてしまえば、どの道俺と共に居る事は出来ないだろう」
「どうしてですか!?」
「俺がクロヴィス兄さんの補佐としてエリア11に残る事は?」
「聞きました」
それも全てミレイとスザクが説明していた。
「俺がこの国に残れた理由は、利用価値がまだあると判断されたからだ。だが、それに見合うだけの成果を上げなければ、俺はまた何処かに人質として送られるだろう」
「そんな!」
「ナナリー。目も見えず、歩けないお前に、皇帝が利用価値を見出す事はない」
ルルーシュの冷たい言葉に、ナナリーは驚きの表情のまま息を飲んだ。
ルルーシュは幼いころから聡明だった。
だからその頭脳を利用できるかもしれない。
それが補佐として残された最大の理由であり、復興がなかなか進まないエリア11だからこそ、クロヴィスの申し出が通るとルルーシュは読んでいた。
そして予想通りの結末を得た。
だが、ナナリーは違う。
もし、ルルーシュ同様に幼いころから聡明だったとしても、いまはその瞳は閉ざされており、それが大きなハンデとして立ちふさがっている以上、政治面で皇帝がナナリーを起用する事はあり得なかった。
だから、ナナリーが皇室に戻った後の未来は簡単に予想できるのだ。
「もし、お前が皇室に戻されれば、間違いなく他国の王家に、あるいは有力貴族の元へと嫁がされるだろう」
相手を油断させるため、あるいはブリタニアが優位に立つための政略結婚のために。断言された言葉に、ナナリーは首をゆるゆると振り、ルルーシュに縋りついた。シャーリーとリヴァル、スザクは想像もしてなかった内容に驚き、言葉を無くした。
力のある貴族が後ろ盾としてあるならば。
母親が健在ならば。
いや、母親の実家が力のある貴族ならば。
ルルーシュとナナリーはこのような扱いはされず、今もアリエスの離宮に居たかもしれない。ナナリーも政略結婚などせず、ルルーシュの傍にいられるだろう。だが、二人は母と言う名の盾と、アッシュフォードの爵位と言う名の盾を失った。
盾を失った以上皇室で生き残るなら、自らの力を示さなければいけない。
そして、皇帝にその価値を見出させるしかないのだ。
幸い、ルルーシュにはそれを可能とするだけの頭脳があった。
だが、ナナリーは違う。
障害を持つ皇族の利用価値など、政略結婚か人質だ。ナナリーは嫁いでも問題のない年齢になっている以上、あの皇帝の事だ、間違いなく政略結婚を選ぶだろう。
「そうなれば、もう二度と会う事も出来なくなる。ナナリー、すまない。俺はお前を失いたくはないんだ。例え離れてしまっても、お前が幸せでいてくれるなら、それで十分だ。だから、ナナリー。お前を再び殺す事を許してくれ」
ナナリーを抱きしめながら発した身を裂くようなその声に、ルルーシュがあらゆる可能性を考えた上で出した結論なのだと否でも解った。なによりルルーシュが寝ている間に、皇帝の「生きておったのか」と言う言葉と、それに怒り涙したクロヴィスの話しもスザクから聞いていた。
皇帝は二人のが生きている事に興味はなく、その命を軽んじ、再び捨て駒にするだろう事に疑う余地はないのだ。
「お兄様、私は、お兄様の妹ではいられないのですか」
ナナリーは震える声で尋ねた。
「表立って、兄妹として接する事はもう叶わないかもしれない。だけど、お前が俺の妹であることに変わりはない。愛しているよ、ナナリー。何があっても、俺の気持ちは変わらない。誰よりもお前を愛している」
「私も愛しています、お兄様」
泣きじゃくるナナリーの背を撫でながら、ルルーシュは視線をミレイに移した。
「ミレイ」
「解っております、ルルーシュ様。ナナリー様は今まで通りこちらで。そのために今日はシャーリーとリヴァルを呼んだのです」
突然名前を呼ばれ、シャーリーとリヴァルはミレイを見た。
「ごめんね二人共、こんなことに巻き込んじゃって。これから、ナナリー様は人々の好奇の目に晒されるわ。ルルーシュ様が皇族として、表に出ることになるから」
総督補佐なのだ。
間違いなくメディアにも顔を出すことになる。
学園内でも必ず騒ぎになるだろう。
ルルーシュが皇族だった。
ならばナナリーは?
間違いなく好奇の目をナナリーは向けられる。
もちろん、メディアも取り上げるだろう。
その中で、ナナリーは偽りの妹を演じることになるのだ。
ルルーシ殿下の心を癒やすため妹を演じていた使用人を、演じる。
「このような事態に備え、ナナリーのパーソナルデータの書き換えは終えている。そして、クロヴィス兄さんも全面的に協力してくれることになった」
「クロヴィスお兄様が?」
ナナリーは、震える声で尋ねた。
「ああ。兄さんもお前が見つかった場合、どう扱われるか解っているんだ。だからナナリーを政略結婚の道具になどさせないと、俺に協力してくれることになった」
「そう・・・ですか」
ルルーシュの胸に顔をうずめたまま、ナナリーは弱々しく呟いた。
「・・・すまない、ナナリー」
ルルーシュは、悲痛な表情でナナリーを強く抱きしめた。
そんな二人を視界に収めながら、ミレイは決意を込めた声で言った。
「・・・だからね、リヴァル、シャーリー」
「まっかせてくださいよ!ようは、ナナリーちゃんを守ればいいってことでしょ」
好奇の目から、メディアから。
「うん、任せて!私頑張るから!!」
何時の間にか涙を流していた二人は、力強く頷いた。